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僧籍を取った訳について

 更新が遅れてしまいました。
 ここの所、おかげさまで、相続、車庫証明、宅建業変更申請、お祓いなどをしており、また、成年後見センターコスモスへの入会、ピンクカードの申込など、会社に勤めながらという形の日々が続いておりました。
 定期的に更新して参りたいです。よろしくお願い申し上げます。

 さて、私が何故、僧籍を取ることになったか。
 それは今はもう亡き両親、こと、先に父が亡くなった時、令和元年に遡ります。
 当時,私は父が突然他界した時、悲痛の念をい抱く暇もなく、法要の手配、戒名、相続、登記等を弟と相談しながら行って参りました。
 母のメンタルも気にしながら。

 やはり大変です。でも、色々な本を買って来て読み、相続、戒名、登記などを調べて学びました。当時も、宗教関係も読み漁りました。

 そして、戒名を考え、心を込めて作成。その案をしたためて、当時の禅宗系の菩提寺へ持っていきました。
 坊主ならば、親孝行は喜んでくれるだろうと儒教のような考えもありながら持って行くと、まさかの
私が考えた戒名でないから葬儀はできない、
と言われたのです。
世俗坊主、葬式ビジネスと揶揄されているのも仕方ないと思います。
 
 私は怒って、自分でやるから良い、と断りました。
 そして、葬儀は坊主の専売特許ではないだろう。僧侶が国家資格でないのは、それこそ宗教の自由を謳っている日本で、特定の宗教に国家がお墨付きを与える訳にはいかないからだ。

 探したが、やはり、お寺の二世か、仏教系の大学でないと難しい。無理かと思ってた所、1箇所、真言宗の寺を見つけた。
 当時は、児童養護施設に平日勤め、土日に通い、朝から夕方まで修行した。
 禅宗のような、身体的苦行ではないが、やはり身につけるのは根気がいる。
 なんとか得度して、その4年後の母の四十九日法要も自分でした。
 
 坊主云々の前に、一人の子として、生まれた時に付けて貰った名前を、感謝を込めて戒名として、付け返す。

 私は、両親からもっと社会貢献をしないさい、という声をここで聞いた気がするのだ。

 このことは、朝日新聞にも投稿した。勿論、社会的に不都合な言葉は削られるのだが。

 それで、お祓い。
 真言宗の作法に従い行って来た。
 効果のほどがどれほどあるか、勿論、私も分からない。
 ただ、心を込めてやるしかないのだ。